寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

境目のない、新しい関係(2017年5月)

 モノにセンサーが付きネットに繋がると、何が起きるか。私たちはその変革の時にいる。これまではリアル(モノ)とバーチャル(情報)の間に境界があった。インターネットで起きていたことは情報の世界であった。グーグルで必要なものを探し、アマゾンで買い物をし、スマホを肌身離さず持ち歩き、SNSで友達と繋がる。20年前には考えられなかった事が当たり前になった。今度はリアルの世界で、同じ事が起きようとしている。検索や質問を通じ探すのは当たり前。さらにリアルの行動分析が加わると、長年の連れ添いのように、欲する前に「これですよね」と先回りしてくれる。見透かされて怖い気もするが、望めば実現できる所まできている。私たちは便利なサービスの多くを無償で利用している。裏を返せば、無意識に情報提供という形で支払いをしている。アマゾンエコーのようなホームキットが普及するとさらに加速するだろう。店舗でもコーナーに近づくとクーポンが発行され、サイネージにあなた向けの広告やメッセージが届く。リアルとバーチャルすべての顧客接点で集められた情報が、それを可能にする。

 製品は、設計図(情報)をアウトプット(生産)したものと言える。デジタルイノベーションは、需要予測の精度をあげ、欲しい商品がどこにあるかを瞬時に探し、自分仕様のカスタマイズを進める。アディダスは「マスカスタマイゼーション」と「ラピッドプロダクション」の実験を始めた。レーザースキャンとセンサーで体を測定し服の柄を選び、自分のニットを約4時間で作製する。同社は他にも3Dプリンターを利用した靴作りも始めた。セーレンがビスコテックスの商品を拡充したり、ユニクロ島精機合弁会社を作ったのも、こうした流れにある。身近な所では、消費者の企業活動への参加が進むだろう。商品の企画参画、予約も進化すると予想される。予約は、病院や美容室、飲食では当たり前。予約は未来の生産枠を買う事で、企業活動に参加している。企業側は生産のロスを減らすことができ、顧客は欲しいものを確実に割安に手に入れられる。しかも廃棄などのロスが少なく社会的にもいい。リアルとバーチャルも、企業と顧客も、これまでとは違う新しい関係が始まっている。

強い信念と、諦めの悪さ(2017年4月)

 ユニクロは先日、東京・有明に大型のオフィス兼物流拠点を開設した。商品の企画・生産から物流、社員の働き方までを一体改革するプロジェクトで、赤坂の本部で勤務していたスタッフ約1000人が移動した。同時に「アパレルの製造小売業」から「情報製造小売業」に事業を再定義し、ビジネスモデルの変革を進めるという。このニュースに興味を持ったのは、これは単にユニクロの話ではなく、日本の全ての企業が直面し対応を迫られている課題で、ユニクロの挑戦は一つの道標になると思えたからだ。全ての起点を顧客にする、行動や嗜好まで含めた幅広いデータの収集と活用、7日で作り3日で届ける生産体制、仮想の街に見立て様々な人が自由に行き交うワンフロアのオフィスなど。次の時代に向け、物心両面で大変革を起こそうとしている。同じ商品を大量に作り、同じ仕様の店舗で、同じオペレーションで、高品質な商品を低価格で提供するというビジネスモデルとは、正反対のことに取り組むということだ。まさしく第二の創業で、それを支えているのはデジタルイノベーションである。吉祥寺の新店あたりから、統一オペレーションでなく、地域特性に合ったローカライズを行う兆しはあったが、今回は全社をあげて舵をきったのだから、意思の強さも行動のパワーも半端ないと想像される。

 車の自動運転や個人のモビリティ、ヒト型ロボット、空を自由に行き来するドローン、予約を完売した宇宙旅行鉄腕アトムやバックトゥザフューチャーで見た世界が、現実になろうとしている。短期間で世界を席巻したウーバーやビーアンドビー、このサービスも昔からあるアイデアである。違うのは支えるテクノロジーだ。コストも劇的に下がっている。ユニクロの目指す姿も、昔から多くの企業が考えてきたことで新しいものではない。違うのは諦めないこと。これが大きい。私たちも過去、できたらいいねという事を数多く考えてきたはずである。一度諦めたことも、今のテクノロジーやコストなら、復活できる事がありそうである。お蔵入りしたアイデア、この機会にもう一度棚卸してはいかがだろう。IT系スポーツ企業に化ける貴重な種が潜んでいるかもしれない。

顧客も店も、生き物だから(2017年3月)

ある飲食店のオーナーから聞いた話を思い出した。オーナーはローカルながらも居酒屋や肉料理など、複数の業態で多店舗展開をされており、経験もノウハウも豊富な方である。いつも入念な準備をして臨むが、その地域性や立地によって店づくりは微妙に違う。マニュアルで上手くやれるほど甘くない。3カ月やって修正をかけるのが常で、スタッフの異動も含めもう一度作り直す。詳細は忘れたが、同じハンバーグでも、若者ならジュージュー音がするくらいの鉄板で、年配者なら食べやすい温度に加減をして、主になる客層によって出す温度を変える。ステーキなら同じグラム数であっても客層に合わせ、肉厚を変え食感を楽しんでもらう。添え物のポテトなども手を抜かない。それは3カ月顧客を見続けることでわかるらしい。自分に諭すように「店は生き物だから」と言った言葉が頭に残っていた。

先日ある野球ショップを訪問し、この言葉を思い出したのだ。1年ぶりの訪問だったので途中の経過はわからない。直感的に感じたのは、何ヶ月ぶりにさぁリニューアルするぞってやった気配ではない。少しづつ変えてきたらこうなった。そんな風に感じた。少し実験的すぎるかなと感じた当初の陳列は、独自性は残しながらも親近感のあるものになっていた。店内を見渡すと、野球好きにはたまらないプロの使用品や野球の歴史を紹介するビジュアル、さらに店のフィルターで選んだ多すぎない商品が、居心地の良い空間を作っていた。今の状態も通過点で、さらなる進化をして行くのだろう。次はどんな風になっているか楽しみである。

顧客も店も生き物だから。含蓄深い言葉である。私達は何かを始める時、その日に向け全力を傾け、やっとのことでスタートにこぎつける。いい変えれば、そこが頂点で毎日朽ちて行く。そうした罠にハマっていることは多い。静的でなく動的に、常に顧客に寄り添い変化して行く。そうすると居心地のいい場ができ、それが人を引きつけるのだ。そこに適度に話せる人がいるとなお良い。酔うためのお酒なら酒屋に行けばいい。非効率なのを承知で飲み屋に通うのは、欲しいものは別にあるからだ。価格でない別の魅力で、人が集まる場が望まれていると思う。

  鉄砲と愛が、歴史を変えた(2017年2月)

 先日ある講演を聞く機会があった。幕末の長州藩と幕府の戦い、それと鉄砲についてであった。攻める幕府軍10数万人。迎え撃つ長州は数千人と二桁違う戦力であった。戦いは1次2次の二度にわたり行われたが、いずれも長州の勝利となった。幕府への不信や様々な裏交渉があり、単に数の問題ではなかったようだが、この戦いに鉄砲が大きく貢献したことは間違いない。それと共に兵の成り立ちも大きく変わった。幕府軍は諸大名から集められた侍で、いわばプロの兵士。長州軍は、農民や商人など侍以外の人たちが集まった素人集団。一人一人では敵わないので、横一線に並び集団で一斉に鉄砲を放つ。これは技術がなくても強力な武器になる。幕府側は剣術は習っていても、平和な江戸時代にあって戦の経験がない。古式ゆかしく名乗りを上げて戦ったようだ。これではいくら兵力の差があっても話にならない。また長州の人たちは、幕府からも夷敵からも狙われ、負ければ愛する家族も土地もすべてを失う危機感を持って戦った。祖国を愛する気持ちがもう一つの大きな武器になった。詳細は多少違うかもしれないが、おおよそこんな話であった。

 歴史の話として面白おかしく聞いたが、これはスポーツ業界と重なるように聞こえた。既存の狭いスポーツ業界は、徳川200数十年の平和な鎖国時代であった。様々な業界が次々と変革を迫られる中で、スポーツは残された業界になっていた。それがグローバル、異業種、ITEC含む)との競争に直面することに。鎖国の役割を果たしていた業際や枠がなくなったのだ。国内と海外。メーカー・卸・小売も。店売り・外商・ネットも。さらに他業界との壁もなくなった。壁は著しく低くなくなり、誰でも簡単に乗り越えられるようになった。新住民はフロンティアを目指し簡単に入って来るのに、旧住民は相変わらず壁の内にこもっている。2020年東京をはじめ、地域活性、高齢化などの社会背景を考えると、スポーツは可能性に溢れている。今を刈り取るだけでは未来はない。「ITという鉄砲と、「人の繋がり」という愛をもって、高い視点からスポーツを生活の中に浸透させ、文化にしたいものである。私たちはその最前線にいる。

与えられた道はつまらない(2017年1月)

 機中で何本かの映画を見た。映画リストを見ていて気づいたのだが、日本公開の予定有り無しのアイコンがつけられていた。意識して見直すと公開予定の作品は意外と少ない。前作がヒットしたシリーズ物や、超有名俳優の作品、アニメなど確実に収入が見込まれるものに絞り込まれている。近頃のハリウッド映画は興行中心、作品性は後回しという印象を持っていた。興行収入のためには事前調査から、派手な演出を加えストーリーさえも変えてしまう。こんな印象を持っていたからだ。考えて見れば全てのハリウッド映画が日本に入っている訳ではない。配給会社が選別している事を忘れていた。ついつい私たちは、目の前にあるものを全てと考えがちであるが、大抵のものは編集された世界である。新聞もテレビも、お店の品揃えもそうだ。

 昨年末、まとめサイトの公開中止問題が起きた。世の中で起きている多くのニュースから、テーマやターゲットに合わせ編集してくれるサービスで、急速に力を伸ばしていた。自ら取材をせず他メディアのニュースを紹介する手法と、情報の正確性が問われた。広告を最大化するため、面白おかしくみんなが興味をもちそうなものに偏重していった事も問題であった。これは新興のサービスだけの話ではない。程度の差はあるが、テレビや新聞といった既存メディアでも同じことが言える。限られた時間、限られた紙面にニュースを掲載するということは、数多くの中からニュースを編集している。何かを拾い、何かを捨てているのだ。ニュースは事実を伝える事であるが、ニュースを選ぶ時点でメディアの考えに影響される。ニュースの精度も色々である。取材に時間と人をかけ本当に価値あるものもあれば、いくつかのヒアリングで詳しくない記者がまとめているものもある。

 今後情報量は飛躍的に増加する。その洪水のような情報に溺れることなく、必要な情報を取捨選別するのは私たち自身である。情報は清濁混ざっていることを知り鵜呑みする事なく、自らの意思で編集する力が必須になる。自分の軸を持ち量をこなす。そうすると少ない情報でも、勘どころを的確に掴めるようになるはずである。少ない選択肢に囲われ、同じものに群がるのは不幸である。

理解よりも、行動の時代(2016年12月)

 「AI」と「IoT」いう二つの言葉。第四次産業革命とか、全ての業種が情報産業に向かうと言われるキーワードだ。これまでも同じような言葉が、泡のように生まれては消えてきた。またかと思えるが、今回はちょっと雰囲気が違う。新聞では各社の取り組みが連日ニュースになり、この言葉に触れずに一日を過ごす方が難しくなっている。少しは勉強しようと東京大学の松尾豊さんの著書を読んだ。これが面白かった。技術面については全くの不案内であるが、人工知能の仕組みや考え方には、なるほどという発見に富んでいた。人工知能は言葉の通り、何かと人間と比較される。物事を階層化・体系化し、考え方を設計・構築、そして処理するという点は、人も機械も共通する所は多い。データの処理量とスピードは機械が圧倒的に勝っている。機械は絶対的な位置(距離)をベースに検証を繰り返し精度を高める。一方、人は情報を抽象化する能力に長けている。少ない情報から、自分の興味に合わせて抽象化し、ストーリーから判断する事ができる。さらに違う種類の情報から共通項を見つけ、置き換える事ができる。これが面白い。逆に言えばこれが機械の課題でもある。同じことを目指しながら、アプローチの仕方が違うという話であった。AIを知りたくて手に取った本であったが、人間の思考プロセスや、知恵の意味を考える事になった。

 コンピュータに出会った時も同じような経験をした。当時私はアナログ大好き(今もそうですが)で、コンピュータは画一化を手助けるものという錯覚があり、敬遠していた。ある人の言葉でコンピュータに触れるのだが、ここで面白かったのはロジカルに考える事。論理的に考えるようになったのはコンピュータのお陰と言える。わからなくても、触れる事でわかる事は多い。スマートフォンもそうだ、使うほどに世界が広がる。今の時代、わかってから使うのでは遅いのだ。わかる頃にはもう次が出ている。AIIoTも同じだろう。高価で一部の企業や人のものという時期は、あっという間に過ぎる。テレビや電話のように仕組みがわからなくても、誰もが意識せずに使う事になるはずだ。理解よりも行動。そんな時代だと思う。

顧客の課題に寄り添う(2016年11月)

 顧客のブランド体験という言葉をよく耳にする。ブランドは顧客の内側に蓄積されるもので、商品や店舗の雰囲気、スタッフの対応などがブランドの印象として刻まれる。期待より満足度が高ければ良い印象になり、下回れば印象を悪化させる。今ブランド体験が注目されるのは、顧客がブランドに接触する全ての顧客接点で、どう繋がったかが見えるようになったことが大きい。また購入後の使用感や満足度はSNSで拡散される。ネットの進化により購買時点だけでなく、購買前、購買後までの体験が見える化し繋がるようになった。商品がいくら売れたかではなく、その後の関係が重要になっている。そういう視点で振り返ると、BBビジネスは顧客との関係をいかに作るか、そのためにはいかに顧客の役にたつかという考えでビジネスが行われてきた。BB的な対応は扱える顧客数に制限があったが、ITはそれを取っ払ってくれた。これからのB2Cは顧客との関係という点で、BBビジネスに学ぶべき多くのヒントがあるように思う。

 先日、息子の嫁の誕生日のお祝いを求め、あるブランドの直営ショップに行った。オーストラリアの自然化粧品の店であるが、そこでの経験がびっくりであった。家族向けのプレゼントであることを告げると、顧客情報からこれまで買い物した商品と購入日を調べてくれ、そろそろ無くなりそうな商品を推奨してくれた。プレゼント商品を悩みながら訪れたのだが、期待以上であった。後日プレゼントを手渡した時、非常に喜んでくれ、残りわずかな商品がどうしてわかったんですかとびっくりしていた。買い物したのは普段行っている店とは違う店舗であったが、全店共通で顧客管理をやっている。こんな事が他のブランドでも普通に行われているのだろうか。

 自分が興味あることや欲しいものをどこかに書き込むと、安くなった時に知らせてくれたり、誰かがプレゼントしてくれる。これはスポーツでもあると嬉しい。またスポーツは継続関係が築きやすい業種である。「結果にコミットする」というコピーで成長している企業があるが、私たちがやっているのは、顧客が商品やサービスを使うことで、手に入れたい結果に継続的に手伝うことである。