寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

創造性は企画書に書けない(2016年10月)

 リオ五輪パラリンピックの閉会式で行われた東京2020のプレゼン「トーキョーショー」はすごかった。クールな演出とクリエイティビティに思わず釘付けになった。仕事柄、ビッグイベントの演出を楽しみにしている。リオ開会式では、東京では誰が演出するのかと想像しながら楽しんでいた。アマゾンを抱える国の環境意識や聖火台のアイデアに感心したが、がっかりしたのはタイムスリップしたような日本選手団の衣装。勝手な推測だが、頭の堅い組織が「開会式はこうでしょう」と圧力をかけたように思えた。衣装以上に時代遅れな価値観が見え隠れすることに、がっかり感があった。そんな先入観もあり、このショーが実現できたことにびっくり。嬉しさと誇らしささえ感じた。前回のコラムでも触れたが、過去の成功事例や仕組み、それを作ってきた人たちの価値観では対応できない時代を迎えていると思う。

 ショーの終了後、すぐに詳細を調べた。トーキョーショーは、アーティストの椎名林檎さん、クリエイティブディレクターの佐々木宏さん、クリエイティブテクノロジストの菅野薫さん、Perfumeの演出、振付で知られるMIKIKOさんの4人が中心に企画と演出を行った。異能な人たちが議論を重ね、数々の障害をアイデアとクリエイティビティで乗り越えた。予算も時間もタイト。リオに送れる出演者は50人。広い舞台で、躍動感を見せるにはどうするか。プロダンサーに加え青森大学の新体操選手を起用。さらに立方体のフレームを使い、少ない人数で広い空間を埋めた。富士山、芸者といったステレオタイプのモチーフは一切使用しなかった。しかし、歌舞伎の早変わりや、規律と調和など日本文化が持つDNAはしっかり踏襲した。「迎合はしたくなかった、私たちが信じた表現から溢れるものを感じて欲しい」というMIKIKOさんのコメントは、とても深い。誰もがわかる日の丸と、赤と、ARIGATOをシンプルに使ったのもインパクトがあった。日本が持つヘリテージであるキャラクターも最大限に活用した。8分間に凝縮したショーは、これからの時代に必要なものは何か、道筋を示してくれた様に思う。

 新企画は、どんな所でも常に出ているはずである。多くは、出る力以上に押し戻す力が強く、企画倒れになっているのだろう。革新的であった企業も、規模とともに保守的になる。それを懐に収め、「新しい力を信じて任す」ことが鍵になる。厄介なことに、クリエイティビティは企画書に書けないのだ。

組織に頼らない個人が主役に(2016年9月)

 約1カ月半に亘り世界を熱狂させたリオ五輪パラリンピックが終了した。両閉会式では小池百合子都知事がバトンを受け継ぎ、素晴らしい東京プレゼンを披露した。何かと揺れた東京であるが、ようやく本格始動すると期待する。

 先の都知事選は、人々や街の気分を映し出すという点で興味深かった。参院選で圧勝し勢いづく自民党公認増田寛也さん、野党統一候補鳥越俊太郎さんとビッグネームが並んだが、小池さんが圧勝。勝因の一つはSNS。本人もSNSによる広がりを勝因に挙げていた。ツイッターのフォローでは、小池さん21万人、増田さん6千人、鳥越さん15万人。選挙中も自ら写真を選んで投稿するなど、他のおじさん達より長けていた。

また小池さんが女性であり、組織に見切りをつけ自らの意思で立ったことも大きかった。既得権に安住する老人たちの不透明な候補選びやその体質、前知事を始めとする政治家の非常識に「ノー」を突きつけたい。そんな気分をうまく取り込んだと思う。さらに上手かったのは演説会をフェスと呼び、参加する人に緑のものを身につけるよう呼びかけ、会場を緑色に染めた。支持を可視化すると共に一体感を煽った。これは「ゆりこグリーン」として連日メディアにも取り上げられた。

 話は変わるがクラフトビールが頑張っている。クラフトビールは、今でこそアメリカで10%のシェアを握るまでになっているが、長くメジャーのパワーマーケティングに苦戦が続いたらしい。浮上のきっかけになったのがやはりSNSツイッターなどのクチコミでファンを広げた。大手ビール会社を仮想敵とし、自分たちのスタイルでビールを飲むという「自由」を取り戻す戦いに多くの人が賛同した。

 小池新都知事を生み出したのも、権力や既得権に物申す機運、それを拡散するSNSマーケティングであった。小池さんの選挙とクラフトビールの成功、共通する点が多いのは偶然ではない。組織の都合はもはや通用しない。過去にとらわれず、顧客視点で見直し、新しいツールを使いこなすことが、我々すべてに求められている。便利、得するだけではない。考え方やスタイルも含め、人々は残したい企業やブランドを「購入」という形で「投票」している。

プログラム、語学、スポーツ(2016年8月)

 プログラミングを2020年までに小学校で必修化することが、政府の成長戦略として検討されている。あらゆることがコンピュータ化する中で、プログラミングは専門家だけでなく、全ての人に必要になるということだ。同じようなことで言えば英語がある。今は小学5年生から必修になっている。2020年には小学5年から教科に、小学3年から必修になるらしい。プログラムと語学はこれからの時代の必須能力と位置付けられている。言葉遊びになるが、この二つを学ぶ意味を知る上で重要なことがある。プログラムを学ぶのでなく、プログラムで学ぶ。語学を学ぶのでなく、語学で学ぶ。「を」を「で」に置き換える事に大きな違いがある。プログラムで言えば、本当に学ぶのはスキルではなく、背景にある原理原則や、論理的に考える力である。語学で言えば、通訳能力でなく多様な人たちと交じりコミュニケーションする力である。

 私はこの「プログラム」と「語学」に「スポーツ」を加えることができるのではと考えている。スポーツも同様に「を」を「で」に変えることで、やっている同じことが全く違った事になるはずである。トップアスリートとして活躍できる人もいる。しかし多くの人はそうでない。結果につながらなかったとしても、それまでのプロセスに様々な価値が蓄積されている。小さい頃には、目標を見つける。うまくなるために自分で考える。努力してできる楽しみを知る。みんなで目標に向かう。誰かを助ける。こんなことを、遊びの中で意識せずにやっている。もう少し成長すると、自らを知り、相手を知り、目標を決め、不足を補うために計画する。毎日ゲームをしながら読解力や構想力を磨いているとも言えるのだ。いずれの能力もスポーツだけでなく、仕事や社会生活を送るために極めて重要な要素ばかりである。一生懸命スポーツにつぎ込んだ時間は決して無駄でなく、どこに行っても使える貴重な能力を育てる。

 これからは答えが一つでなく、課題を見つけることから始めなければならない時代である。スポーツは楽しみながら、それを毎日疑似体験できる絶好の場である。共通して言えるのは、身につけるべきたった一つは「学ぶことを学ぶ」という事だろう。

急げ、船が出るぞ〜(2016年7月)

 空港で、夏休みを利用し一人で帰国した小学生に出会った。一人旅には幼な過ぎる年齢で、航空会社のお姉さんがアテンドしていた。入国手続きを待つ間の小学生とお姉さんの会話が面白かった。小学生はイギリス在住で、現地の学校に通っている。ちょうどイギリスがEU離脱を決めた直後で、学校で擬似投票をしたらしい。自分はこれこれの理由で離脱反対としっかり話すのにびっくり。さらに、小学生はこんな風に待たせられたり、搭乗に2時間も早く空港に行くなんて信じられない。マイクロチップに個人データを入れて皮膚に埋め込めばいいのにと、気負いなく今の問題を指摘する。見かけの幼さと、そのしっかり度のギャップに、異次元の世界を見たような錯覚に襲われた。恐るべしデジタルネイティブである。

 2011年に小学校に入学した子どもの65%は、大学を卒業した後に今は存在していない職業に就くという。またコンピューターが人間の知性を超える転換点は45年に来るという。AIIoT第四次産業革命は今年が元年、次の席替えタイムが始まっている。前のITとインターネットの第三次は私が四十歳くらいで、運良く直面することができた。企業規模の優位さがなくなり、誰にもチャンスがあると毎日ワクワクしたものである。その頃ソフトバンクPCソフトの卸屋さんだったし、楽天は存在さえなかった。結果として、時代の風を受け止めた会社とそうでない会社との差は想像以上だった。産業革命は「ルールが変わる」ということだと思う。第三次はわずか30年で賞味期限切れ、ホッとする間もなく新しいルール変更を迎えている。幸か不幸かその周期は短くなり、もはや安住の地はなさそうである。

 空港の小学生は忘れていた事を思い出させてくれた。私はルール遵守の住民。入国手続きの行列に行儀良く並び、せいぜい短い行列を探すくらいの小市民ぶりを反省したのである。小学生は新しいルールを作る世界に住んでいる。新しい考え方を身につけた彼のような子供たちが、さらに新しい技術に出会い、軽く脱皮を続けていくのだろう。すべての人すべての企業に、チャンスと危機が迫っている。ルールを守る側か、ルールを作る側か。チャンスに尻尾はない。

スポーツは心と体に効く(2016年6月)

 縁あってアンプティサッカーに協賛をしている。アンプティサッカーは、手足の切断障がいを持つ人の7人制サッカーで、日常の生活やリハビリで使用されるクラッチ(杖)を使いプレーする。クラッチで全体重を支えながらボールを扱う姿や、フィールドを駆け抜けるスピードと激しさには本当に驚かされる。日本の競技人口は約80名。先日行われた大会には、北海道から九州までの8チームが参加。日々自主的にトレーニングをし、人によっては何時間もかけチームの練習に通い、そして半年に一度の大会に遠方から集まってくる。何がそこまで熱中させるのか。彼らにとって大会は最も大切な時間。この時間のために毎日を頑張っているようにさえ見える。プレーは真剣勝負そのもの。優勝を、そして一つでも上の順位を果敢に狙う。ゲームの合間は、リラックスして半年ぶりの近況を確かめ合う。元気に頑張る仲間の姿が、次の活力になっているのだと思う。小学生のプレーヤーもいるし、今年からは女性プレーヤーも入った。老若男女が一緒にプレーするのもアンプティサッカーの特徴で微笑ましい。中学のサッカーチームでプレーしていたが病気でアンプティサッカーに転じたK君もいる。以前一緒にプレーした仲間達が駆けつけ、大きな声援をおくっていた。K君はゴールと笑顔で応え、ヒーローインタビューでは観客席から声が小さいと冷やかされていた。こういった小さな集積が、かけがえのない大切な時間になり、熱中させるのだと思う。

先日、ハグやカラダのふれあいが病気の治癒に不思議な効果があると耳にした。確かに小さい頃、熱を出して苦しんでいる時、家族がそばにいて手を添えてくれると、楽になったような気がした。反対に病は気からと言われるように、過度なストレスは健康を蝕む。長年連れ添った伴侶を亡くし、気落ちから健康を失う話もよく聞く。それほど、カラダとココロの関係は一体ということだろう。アンプティサッカーだけでなく、すべてのスポーツには人を勇気づけ、ココロを満たす力があるのだと思う。少子化は止められないが、こうした体験ができれば、スポーツ人口はもっと増やせるはずである。また汗を流した後のビールのうまさもスポーツの贈り物である。

勝つために倍の準備をする(2016年5月)

 リオ五輪が迫り、各競技の選手選考が進んでいる。四年に一度の大会の代表権を獲得し、その上で世界に挑む。すべての選手はこれに合わせ体調やメンタルを整えてきたはずだ。その中で出場権を獲得し、メダルを目指すというのは想像を絶することだと思う。我々で言えば、携わるビジネスを日本で一番にし、世界で三番以内に入るということだ。ビジネスは日々の蓄積で途中の失敗は許容されるが、スポーツの大会はそれが許されない。前回のロンドン五輪で金メダルを獲得した内村航平選手のコーチが語ったコメントが印象深く残っている。本来の力の半分しか出せなかったがいい結果に終わったといった内容だった。言い換えれば、半分の力でもメダルを狙える準備をしてきたということだ。メダルを狙う人のレベルはこういうことかと、感じ入った次第である。

 先日、ヤマハが開催するライブに行く機会があった。ジャズを習う生徒の発表と講師陣のセッションであった。娘の友人がプロのシンガーで、ヤマハの講師もやっていることで足を運んだ。1部はピアノやサックスなど楽器グループ、2部はヴォーカルグループ。バックを先生方がサポートする形。いずれの先生もプロで活動している人ばかり。未熟で緊張する生徒を、最も演奏しやすいようにサポートする姿はすごかった。常に演奏者に目を向けながら、生徒のミスやテンポの狂いを何もなかったようにサポートする。生徒さんが演奏後に緊張しました。でもバックに助けられ気持ちよく演奏できました。またやりたいですとのコメント。それを実現しているのは、それぞれの人に対応する引き出しの多さと懐の深さによるものだろう。音楽は、勝ち負けより自らの達成感と聞いてくれている人の感動が良し悪しになる。生徒の演奏後、先生方がもう一つの顔、プロとしてセッションを披露してくれた。ピアノ、ベース、ドラムにアルトサックス、娘の友人はヴォーカルで加わった。普段は別行動のメンバーによる一期一会のパフォーマンスである。まさにクリエイティブの衝突、アドリブとその受け方がすごかった。相手を信頼し、また相手を思んばかる気遣いが伝わってくる。これも、演奏の倍以上の力があるからこそ可能なのだろう。

人と技術の新しい関係(2016年4月)

 先日、米グーグルが開発した囲碁人工知能AI)「アルファ碁」と、韓国のプロ囲碁棋士イ・セドル氏が対戦した。結果は皆さんもご存知の通り5戦を戦い、人口知能が4勝。プロ棋士が1勝し面目を保ったものの、人と機械が逆転する時代がついに来たと感じた人は多いだろう。いずれはそういう時が来ると覚悟していたが、こんなに早いのかというのが印象であった。IoTビッグデータAI、それにVRを加えた4つの言葉を見聞きしない日はないくらいで、こうした先進技術は専門家だけのものではなく、すでに私たちの足元まで来ている。今回の囲碁対決は、それをわかりやすく見せられただけかもしれない。身近になった3DCGGPSなど数々の技術も、元は軍やハリウッドなどで開発された超高価で超特別なものであった。今はそれがあっという間に低コスト化され、私たちの生活に溶け込んでいる。AIや他の新技術も同様、信じられないスピードで低コスト化されるだろう。私たちは開発するプロになれないかもしれないが、技術を理解しそれを事業や生活に活用することはできる。

 大手生命保険会社がITやバイオ技術を生かした商品やサービスの研究を始めたという。先天的な対応としては、遺伝子情報で病気の発症リスクの高さを推定し保険料を個別に決める。後天的な対応としては、利用者の運動や生活習慣から保険料の割引きを考えているようである。遺伝子情報は究極の個人情報で、倫理的なものをどう考えるかなど難しい課題は残っている。またスポーツでも選手のパフォーマンスをリアルタイムで測定し選手交代に使ったり、観客を楽しませるエンターテイメントへの利用が始まっている。さらに遺伝子によってその人の能力や、競技の向き不向きを推測する動きもある。メダルを効率良く獲得することを目指すと、倫理のきわに手を延ばしたくなるのもわかる。スポーツも例外なく新技術を取り入れ、イノベーションの道を進むであろう。その一方で世の中がそうなればなるほど、リアル体験が貴重になるはずである。幸いにスポーツはリアルそのもの。肉体と精神を使った努力や苦労が、最も価値あるものになるかもしれない。また、そうあって欲しいものである。