寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

顧客も店も、生き物だから(2017年3月)

ある飲食店のオーナーから聞いた話を思い出した。オーナーはローカルながらも居酒屋や肉料理など、複数の業態で多店舗展開をされており、経験もノウハウも豊富な方である。いつも入念な準備をして臨むが、その地域性や立地によって店づくりは微妙に違う。マニュアルで上手くやれるほど甘くない。3カ月やって修正をかけるのが常で、スタッフの異動も含めもう一度作り直す。詳細は忘れたが、同じハンバーグでも、若者ならジュージュー音がするくらいの鉄板で、年配者なら食べやすい温度に加減をして、主になる客層によって出す温度を変える。ステーキなら同じグラム数であっても客層に合わせ、肉厚を変え食感を楽しんでもらう。添え物のポテトなども手を抜かない。それは3カ月顧客を見続けることでわかるらしい。自分に諭すように「店は生き物だから」と言った言葉が頭に残っていた。

先日ある野球ショップを訪問し、この言葉を思い出したのだ。1年ぶりの訪問だったので途中の経過はわからない。直感的に感じたのは、何ヶ月ぶりにさぁリニューアルするぞってやった気配ではない。少しづつ変えてきたらこうなった。そんな風に感じた。少し実験的すぎるかなと感じた当初の陳列は、独自性は残しながらも親近感のあるものになっていた。店内を見渡すと、野球好きにはたまらないプロの使用品や野球の歴史を紹介するビジュアル、さらに店のフィルターで選んだ多すぎない商品が、居心地の良い空間を作っていた。今の状態も通過点で、さらなる進化をして行くのだろう。次はどんな風になっているか楽しみである。

顧客も店も生き物だから。含蓄深い言葉である。私達は何かを始める時、その日に向け全力を傾け、やっとのことでスタートにこぎつける。いい変えれば、そこが頂点で毎日朽ちて行く。そうした罠にハマっていることは多い。静的でなく動的に、常に顧客に寄り添い変化して行く。そうすると居心地のいい場ができ、それが人を引きつけるのだ。そこに適度に話せる人がいるとなお良い。酔うためのお酒なら酒屋に行けばいい。非効率なのを承知で飲み屋に通うのは、欲しいものは別にあるからだ。価格でない別の魅力で、人が集まる場が望まれていると思う。