寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

言葉のチカラ(2016年1月)

 何事にも名前やタイトルを付けることが大切である。名前が付くことでその存在がはじめて明らかになり、また誰かに伝えやすくなる。例えばサッカーでいえば、ゲーム中「プレス」「ワイド」「球際」「集中」など短い言葉でチーム全体の意思を確認する。素早く展開するゲームの中でそれができるのは、普段の練習で、こうしたキーワードを使いながら、それぞれのプレーヤーがやるべき具体的な行動を細かく刷り込んでいるからだ。これを繰り返すことで、短い言葉を聞いただけで、ゲームの中で、今自分が何をすべきかを瞬間的に解凍することができる。ブランドや店舗も同じである。そのブランドを買った経験や使い心地、周りの人の反応など、それぞれの人に蓄積された経験がブランドの価値を作っており、ブランド名や店名を聞いた時それが解凍され、その人にあるイメージが湧いてくる。ブランド価値は発信者側ではなく、受け手側に依存しているのだ。

 また意識するからこそ、名前がつけられるとも言える。意識するとは、「見る」が「観る」に、さらに「視る」に深まることだと思う。日本人は長い歴史の中で、季節、山や空、水など自然を大切にしながら共に生きてきた。それが他に例のないくらい、色を表す言葉の多彩さや繊細さにつながっている。茜、浅葱、群青、瑠璃、漆黒など、言葉を聞くだけで生活の機微や思いが透けて見えてくる。デザインでは色を「パントーン」や「ディック」のナンバーで呼ぶ。これはこれで識別することはできるが、日本の色名のような奥深い趣には欠ける。

 私たちの仕事でも同じだ。一人で完結する仕事はほとんどない。チームで共有できる言葉やタイトルを持つことは効果的で、チームをまとめ推進してくれる。理想は後付けでなく、愛情や思いを込め活動しているうちに言葉やタイトルが自然に湧いてくるのが望ましい。その上で、多様さを感じる感性と受け入れる寛容さが加われば、なお良しである。言葉は、ぼんやりとしたものに焦点を合わせ輪郭を明確にすることができる。これまでなかったものを生み出す力もある。想像以上に言葉の存在は大きく、プラスにもマイナスにも人を大きく誘導するだけに、取り扱い注意である。