寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

ストーリーが気持ちを揺さぶる(2015年3月)

 最近、記憶が怪しくなっている。頭でわかっていても言葉が出てこない。同年代が集まった会話は、あれとかそれとかでも妙に通じるのだが、周りからは意味不明、そんなことが増えた。忘れるのも能力の一つと開き直っているがこれまた迷惑な話だろう。人には記憶しやすい情報と、忘れやすい情報がある。忘れにくいのは、まずは生存に関すること。危険なことに出会ったり、怖い人に会った経験は忘れないそうだ。また単発的な話は忘れやすいが、話がつながりストーリーになると記憶に残りやすい。例えば、友人と旅行に出かけ、そこで楽しんだ料理やお酒。こうしたことはその時のエピソードと共に深く記憶に残る。強い記憶はその時の場面が一枚の絵になって残っているようにも思う。人の名前を覚えるのが得意な人も、聞くと陰で努力をしている。相手の顔や風貌、話題になった趣味などをストーリー化して覚えたり、一緒にいた人、季節などを写真に撮るように覚えるらしい。ストーリーや絵にするやり方は、忘れない有効な方法のようだ。

 商品の機能やデザインの差がなくなった昨今、私たちが買っているのは商品でなく、その商品やサービスを使って得られる経験、ストーリーだと言われる。旅先で、地元で採れたこの時期だけの旬のものと勧められると、せっかくだからということになる。感激してお土産に買って帰ると、期待外れという経験のある方も多いと思う。旅先での人や風景、高揚感がセットになって価値を作っているのだ。またギフトも同様だ。ギフトはどんな品物かより誰からかが重要だ。大切な人が自分のために選んでくれた事が嬉しい。気持ちを揺さぶるのは、モノに込められたストーリーにある。

 私はスポーツの魅力は「いどむ、できる、つながる」に要約できるのではと考えている。始めた時は何もかもが待ち遠しく楽しい。努力して何かができた時は嬉しい。さらにこれを誰かに伝え祝うのがまた楽しい。苦しいことも多いが、この達成感がたまらない。どんなスポーツでも、誰にでも、それぞれのストーリーがあり、しかもそれを身体で感じられる。これはスポーツが持つ特権である。売るものを「商品」から「体験」に移すと、見え方が違ってくるはずである。