寿円佳宏 wonderland

スポーツ業界紙「スポーツフロンティア」に掲載しているコラムをブログで紹介。

心理を味方につける(2018年3月)

 定期的に内視鏡検査を受けているが、何度受けても慣れない。とは言え、初めての時は要領がわからず焦ったが今は落ち着いている。やっていることに変わりはないのだが、気持ちの準備が違う。初めての時は、検査の管が喉を通る苦しさと、その先がどうなるのかわからないため混乱した。苦しさより先が見えない不安が大きかった。一度経験すると、苦しみは喉を通過する時だけと知っているから落ち着いていられる。受診前に検査は20分くらい。喉を通る時は辛いですが一瞬です。ガスを入れたり生検しますと、段取りと時間を教えてもらっていれば、初回から安心して受診できたのではないかと思う。受診後の注意は、ものすごく丁寧に、何度受けても初めてのように説明してくれる。しばらくは麻酔が残っており、早々に食べると気管に入ったりする危険があり、そのエクスキューズだ。危険度の高い手術や薬については先に説明があり同意のサインを求められる。どれも供給者視点の対応である。不安を取り除く事前の説明は、顧客視点の対応だ。顧客の気持ちや心理を推察し先回りするやり方は「おもてなし」にも通じる。

 以前予約のできない鰻の人気店に行ったことがある。想像どうりの込み具合で、一瞬迷ったが待つ事にした。席に着くまでに2つの簡易待合スペースが用意されていた。今はスマホがあるので待つ苦痛は減っているが、時間潰しに店の歴史や鰻の事が描かれた印刷物が置いてあったり、退屈しかけたタイミングでお茶が出された。次のブロックに進むと、メニューを渡され事前に注文を聞かれる。待つ苦痛より、お目当てまでもう少しという高揚感の方が勝っていた。うまい演出だ。遅いエレベータを費用をかけず速く感じさせるにはどうするか。鏡を付けると効果的だという話もある。鏡があると身だしなみをチェックしようと、そちらに気が移りエレベーターの遅さを感じにくくなる。物理的に苦痛を柔らげたりスピードを速くできるなら、それに越したことはない。が、私達の周りはそう行かないことの方が多い。それでも顧客の心理を慮ることで、満足を上げることはできるはずである。いくら理屈で考えていても、人は感情で動くことが多い。だからこそ面白い。

スポーツと5つの性格スキル(2018年2月)

 あるアメリカの調査では、今後1020年の間に、アメリカの雇用の47%AIやロボットにとって代わられるという。仮にそうだとすれば人はこれから、どんな能力を身につければいいのか。先日それについて面白い記事を見つけた。話題にしていたのはビッグファイブと呼ばれる性格スキル。順不同だが、1)開放性/好奇心や審美眼、2)真面目さ/目標と規律を持って粘り強くやり抜く資質、3)外向性/社交性や積極性、4)協調性/思いやりや優しさ、5)精神的安定/不安や衝動が少ない資質。この5つの組み合わせが、その人の性格、ひいてはその人の人生に大きな影響を与えるという。日本でも同様の研究がされており、この性格スキルと、就職や年間所得の関係が紹介されていた。一般的には学歴の影響が大きいように思えるが、真面目さ/目標を決めて最後までやり抜く資質、これが最も影響するという。次は精神的な安定性で、その中の要素である自主性が大きい。その次は協調性だが、面白いことに日本では協調性は収入にプラスに働くが、海外では協調性の高さは収入のマイナスにつながるという。こうした能力に共通していることがある。どれも先天的なものでなく、後の努力で身につけられるという事だ。また20代や30代になってからの方が高められる能力もある。努力次第で、誰にもチャンスがあるというのが嬉しい。

 私は、ここにスポーツの大きな可能性のヒントがあると思い、長々と紹介させていただいた。もちろん身体を動かす喜びや健康への貢献はスポーツの大きな役割である。が、国連が目指す持続可能な社会「SDGs」で提唱している17項目のうち、スポーツは「健康」と「教育」で大いに貢献できると思う。先のビッグファイブは、全てのスポーツの中にある要素である。しかもいいのは、ビッグファイブ修得のために特別な事をする訳ではない。好きなスポーツでうまくなりたいと夢中になっている中で、自然と醸成される。これがいい。教育臭くならない注意が必要だが、より多くの子供たちがスポーツに参加できるよう、親御さんをこの辺りから刺激してはどうだろう。スポーツ“で”学ぶ子どもを増やしたいものである。

コピーできないものに価値(2018年1月)

 年末年始、お笑いや歌番組を多いに楽しんだ。暫くぶりで、知らない芸人や歌手が多い。次々と登場する知らない新しい人たちと、知っている古い人たち。私感で恐縮だが、大抵は新しい人の方がおもしろい。古い人の多くは、むかし成功した型から出ようとしない。新しい人の登場がなければ、それでもやって行けただろう。しかし幸運な時代はもう過去。常に新しい競争の中で試される。歌番組も同様に入れ替わりが激しい。今はダンスが幅を効かせ、より動画的なものが好まれている。芸人のパフォーマンスもそうだが、身体一つとアイデアで自分の世界を表現する姿は、デジタルの反動として、無意識に支持されているのかもしれない。

 毎年、新年の新聞を楽しみにしている。今年はテクノロジーの先に「人」はどうなるか。より「人」に視点が向けられた記事が多かった。良くも悪くも十把一絡げ、森しか見えなかったのが、デジタルの力で一本一本の木まで見えるようになり、個性が問われる事になった。埋没していた個性は見つけられやすくなったが、全体の傘に隠れていた没個性は、振るい落とされる危険に直面している。

 先日、障害を持つ人たちの創作活動を支援している施設「しょうぶ学園」の存在を知った。学園には、布、木、土、和紙などの工房があり、そこでの作業は純粋な創造性に満ちている。誰かに認められるためでなく、自分に正直な気持ちから生まれた作品は、結果として現代アートとして高く評価されている。どの作品も個性に溢れ、圧倒的な力で人を引きつける。例えば野間口桂介さんの刺繍作品。一枚のシャツに様々な色の糸で隙間無く盛り上がるくらいに刺繍を施した作品で、完成まで4年を費やしたという。ランダムに見えながらも一定のリズムをもつ色使いや質感。私もこの作品でこの施設に興味を持った。刺繍されたシャツは四年にわたる活動の集大成。改めて「身体の力」のすごさを感じる。AIに対する人の役割。それは自分らしくありたいという強い意思と身体活動ではないかと思う。AIは高速な大量コピーの申し子。逆にAIが不得意なのは、言葉にできないことや身体的なこと。とすると、人はコピーできないものをやるしかない。

もう見逃し三振はしない(2017年12月)

 年を重ねると1日は長く1年が短くなると言われるが、本当に時間が経つのが早く感じられる。今年を振り返ると、稀勢の里1月に初優勝し、日本出身としては19年ぶりの横綱に昇進した。横綱になって初めて挑んだ春場所では怪我をおして戦い逆転優勝に輝いた。この活躍で大相撲は大人気に。それが年末の九州場所稀勢の里は進退を問われる立場に。大相撲も貴ノ岩問題で日馬富士が引退するも先行きが見えない。まさに天国と地獄、ジェットコースターのような1年を味わうことになった。トランプ大統領就任、藤井聡太四段の公式戦最多連勝記録、銀座シックスの開店も、ずいぶん前のように感じられるがどれも今年の話。大相撲に限らず、何が起きてもおかしくない「変化の時代」だ。AIIoT、ロボティクスといった言葉も、今年の初めにこれがキーワードになると言われたが、もはや一部の企業や人の話でなく、私たちの毎日の生活に大きく影響する所まで来ている。インターネット普及期に言われたドッグイヤーが、それ以上のスピードで現実社会で起きている。約20年前に起きたネットでの革命がリアルで再現される、その始まりだ。もはや好き嫌いの選択肢はない。20年前に積極的であった企業とそうでなかった企業の差は歴然で、再び試される時を迎えている。もう見逃し三振は許されない。

 コンピュータが人を超える、AIが人の仕事を奪うという議論も、より身近なものになってきた。憶えたての浅い知識で恐縮だが、AIを知るほどその可能性を感じるが、一方で人の能力の凄さにも関心する。AIがある事を実現できるまでには、膨大な時間とコストがかかるが、人はいとも簡単に色んな事をやってのける。人や生物は100万年の歴史を持ち、その間に遺伝子を書き換え続けてきたという背景があるからと言えるが、これから先も人はしたたかにデジタルを乗りこなしていくのだろうと勝手に思っている。AIが自ら考える能力を身につけても、大元は人の考えや振る舞いだ。AIを豊かさに向かわせるのか、危機に向かわせるのかは、私たち次第。それはどこか子育ての話にも通じる。とすると、嫌な所はよく似るのだろうな。皆様、いい年をお迎えください。

規模や効率の裏にチャンス(2017年11月)

 リニア中央新幹線で品川と大阪間が結ばれると、JR山手線を一周するのと同じ時間で移動できるらしい。これまでも東京と地方を結ぶ交通路が生まれ、その度に東京との行き来が便利になり、地方が活性化すると言われてきた。結果はいつも同じ。期待とは逆に東京への集中が進み、地方は疲弊が進んだ。人・物・金が求心力のある方へ吸い取られる現象で、ストロー効果と呼ばれる。「流入しやすい」は「流出しやすい」と同義語なのだ。2020年東京オリパラに向け、スポーツを成長産業にすべく国が先頭になり取り組んでいる。スポーツ業界にとって一大チャンスであることに違いはないが、それ以上に他業界や予想もしなかった所が果実を狙っている。チャンスをものにするには、真の強みを再確認し、高い視点から事業を再定義すると共に、業界を超えて広くコラボすることが求められている。

 一極集中はネットやデジタルでも起きている。ネット社会は、誰もが情報の発信者になれ、多様性に富んだ世界、個性化が進むと言われてきた。こうした側面が進んだことは確かだ。しかしそれ以上に様々な所で情報の寡占化が進んでいる。人間の本質は、これまでと大きく変わっていないのかもしれない。が、デジタル化により見えなかったものが見えるようになったことで、自らの考えよりみんながどう考えるか、冒険するのではなく保守本流に乗る意識が強くなっている。残念ながらそれが今の潮流だ。さらに既存勢力やメディアも、顧客の志向に合わせ安易に動く循環になっている。情報の受け手も発信者も、嘘ではないが全体をカバーしていない目の前のデータを信じ、小さな肯定を続けている内に、いつの間にか逆らえない流れを作ってしまっている。大変危うい気がする。

一方で、「規模の不経済」や「心の会計」など、これまでにないやり方や、新しい価値観が生まれているのも事実だ。「スポーツはなくても生きていけるが、あると人を幸せにする」。繰り返しになるが、これからはスポーツが持つ“ヒューマンな価値”が大切になるはずだ。規模や効率だけでは解決できない時代、スポーツはそんな時代の先頭ランナーになれると思うのは楽観的すぎるだろうか。

顧客に響くのはデータか愛か(2017年10月)

 AGFAという言葉がある。AppleGoogleFacebookAmazonの頭文字を並べたもので、今最も影響力を持つ4社を指す。アップルはiPhone発売10周年を記念したモデルiPhonXを発表し、アマゾンは米高級スーパーのホールフーズ・マーケットを買収するなど、その勢いは増している。特にアマゾンの脅威は身近に感じる。アマゾンは、コンビニと競合する商品からファッションまで両方向に手を広げ、購入できる商品の幅を広げている。さらにスマホの次の主役と言われるスマートスピーカーでも優位にある。スマートスピーカーは、AIと会話し様々な用事を済ませられるツールで、利用者の行動履歴を丸裸にする。ネット情報のインフラを制した企業は、ネットとリアルの区別がなくなる事にいち早く対応し、次の生活インフラでも主役を狙う。その対抗策はないのだろうか。

 規模は違うがヒントになる事例がある。ウェアラブル端末の米ガーミンだ。アップルやサムソンが立ちはだかる市場に風穴を開け3位のシェアを持つ。得意なGPS技術を生かし、スポーツに特化した商品でヒットを重ねてきた。アップルにない独自性がコンセプトで、トライアスロン、マラソン、ゴルフ、フィットネス、サイクリング、登山と広げてきた。成功の要因は、GPS技術、大手が狙わないニッチ市場、愛好家をうならせる高機能、垂直統合体制(開発、設計、生産、販売、サポート)、自社社員などが挙げられる。その中で注目したいのが「人」である。創業者が「ガーミンという会社を愛する社員たちの強い情熱が、結果的に顧客の心を掴んでいる」と語っており、まさにここにAGFA対策のヒントがあると思う。ニッチ戦略は投資の割に市場が小さく非効率であるが、先行し圧倒的地位を築けば成り立つ。市場の小ささは参入障壁となりコモディティ化を防ぐ。社員が会社を愛しており、その情熱が顧客に伝わり、顧客が次の顧客を連れてくる。これが理想だ。AGFAもガーミンも、強さの共通項は顧客をよく知っていること、顧客との距離が近いことである。だが手法は正反対。情熱や愛は規模と関係なく誰でも参加できる、そこにチャンスがあると思う。

顧客が購入する本当の理由(2017年9月)

 車を衝動買いする店があると聞き、行ってみた。その店はトヨタが開発した「トレッサ横浜」というモールにある。トヨタが扱う全車種を2階のフロア全面で展示、1階は広大なメインテナンススペース。トヨタ車に関することは、全てここで大丈夫という安心感がある。子育て世代が多い地区ということもあるのだろう。展示はスタイリッシュというより、生活感を打ち出した内容であった。コンパクト車から、流行のSUV、ファミリー向けワンボックス、シニア向けセダンなど、それぞれのライフステージに合った演出と、今だけのお買い得得感をうまく両立させていた。子供がもう少し大きくなったら、こんな車でキャンプに行き夜空を眺めたい等。こうありたいと思う「家族の未来」を売っている。異次元な空間と的を得た演出が家族を刺激し、いつか買うのだから少し早くてもいい、そんな気持ちにさせるのかもしれない。「未来を体験」する場になっているのは間違いない。

 あるシャンパンの会社は、売れ行きが落ちたため、自分たちの顧客は誰で何を売っているのか、社員で話し合ったらしい。アルコールを売っている。飲料の会社だと、様々な意見が出た。話し合いを重ねる中で、出てきたのが「祝福」というキーワードだった。シャンパンが飲まれる機会は、日本ではまだ限られている。多くは結婚式や記念日などのお祝いの席。なら祝福を盛り上げる飲み物という位置付けで、祝福の機会を増やすことに取り組み、成功したという。

 二つの話は、顧客は商品から得る体験を第一に考えるようになっており、それに合わせ全ての業種はサービス業化することを示している。まずは、自分たちの商品が顧客に支持されている本当の理由は何なのか、これを見直すことが第一歩になる。先行例を挙げると、ある農薬の会社は「単位面積当たりの収穫量」、複合機の会社は「顧客の文書管理」、航空機エンジン会社は「燃費と飛行時間」と、売っているものを再定義し、利用に応じた課金に変えてきている。これをスポーツに置き換えた時、自分たちが本当に売っているものは何か、言い換えればスポーツの顧客が本当に欲しているのは何か、これを見つけた所が次の主役になるのだろう。